修道院の階段を降り、木造りの宿舎へと2人は歩いていた。
両手を自らの腹部に重ねて姿勢よく歩くセティナと、フラフラとしてるもののどこか活発に歩くミリアリア。
ミリアリアは自らの口元に手をそえ、セティナの耳元でつぶやいた。
「ね、それでどうだったの?立志の儀は?」
ついさきほどマザーエレアにクギを刺されたにも関わらず、さっそく立志の儀について聞くミリアリアに、セティナは思わずため息をはきながらも慣れたように答える。
「はぁ……ミリィ。またマザーエレアに怒れるよ」
「えーだって気になるじゃん」
「ダーメ。だいじな友人でも規律は規律です」
「あはは。ま、その様子なら大丈夫だったみたいね」
「へぇー心配してくれてたんだ?」
ミリアリアは飛び出すようにセティナの前へと立ちふさがって、自信満々に胸へと手を当てうれしそうに言葉を返した。
「あったりまえじゃない?わったしはセラの唯一の親友だよ?」
「ミリィ……」
「へへん」
「そうね。早朝わたしが部屋を出る時も、とても気持ちよさそうに寝てたもの。さすがは親友ですね。昨晩、意気揚々と見送るっておっしゃってたのはどこのどなたでしょうー?」
自信満々の表情から目が泳いでいくミリアリアにセティナは顔を近づけながらも笑顔で話した。
「あ~親友。ご飯の時間だ。行こう」
問いから逃げるようにマイペースに走っていくミリアリアと、それをどこかうれしそうに見つめるセティナ。
「廊下は走っちゃ──ってミリアリア!またあなたなの!」
「げっ……ロウワ先生!ごめんなさい──」
(彼女──ミリアリア=ルチェルは私のたった一人と言える親友であり、このヴィラノ修道院生活でのルームメイト。そして……人生でたった一度。私が感情的に怒りをぶつけてしまったたった1人の友達──)
「セラー。なにしてんのー?早くいくよー!」
立ち止まっていたセティナは歩きだした。
(でも今日から彼女と私は別々の道を歩んでいく。そういう運命(さだめ)なのだから──いいえ、本当はわかってる。そうやって自身に仕方のない事だと言い聞かせてしまう事が癖になってしまってるだけ。
この不安はきっと、また1人になって過去の自分に戻ってしまわないかという心配。私はうまくやれるのか?)
「セラー?聞いてる?スープが冷めちゃうよー?」
「あ……ごめんなさいミリィ。何の話でしたっけ?」
「まーたこの子は何か考え込んでたの?ロウワ先生の話だよ」
あわてて自身の目の前にあるスープを口に含むセティナ。どこか空虚なその姿。
ミリアリアはヒジを立てて、おり立てた手先でアゴを支えながらセティナをじっと黙って見つめていた。
「──不安?」
「え?」
「だよねぇ。わたしもセラのいない生活なんてイマイチピンとこないもん」
「ええ、現実味って唐突に体感するんだね。昨日までは立志の儀の事で頭がいっぱいだったはずなのに、それを終えた途端にその先の事が急に現実なんだと実感し始めたの」
「まぁ現実味っていうなら、親友が王女っていうのもいまだに現実味はないわ」
ミリアリアはため息を吐きながら、やれやれと言わんばかりに首を振りながら冗談めいて話す。
「今でも?」
「そ、今でもね。まぁ出会った時のセラはお高い真面目っ子ちゃんっていうか?そりゃあーもうとっつきにくいったらありゃしなかったけど?」
「それはミリィもそうだったわ。口は悪い、皮肉は言う、人の大切な物まで壊す」
「マザーも人が悪いよねー私たちをルームメイトなんかにしたら絶対に険悪になるのなんかわかってたじゃんかね」
「恐らく……マザーエレアはその先……今をも見越しての判断だったんでしょう」
「どうだか?一歩間違えたら私たち今でも険悪ムードだったよ」
「ふふ……そうね」
ミリアリアは14年前の赤鷹事件で家族を失っている。
1人生き残った彼女は、どこかの家に養子として預けられたものの、トラウマのせいか折が合わなかったせいか問題児に育っていってしまった。
手を余したその義理の家族は5年前に育児を放棄するかのように、ここヴィラノ修道院へとミリアリアを預け、以降一度も姿を見せていないらしい。
今となってはムードメーカーなような彼女だけど、当時は何かと私に突っかかって来るほど最悪な関係だった。
「ね、セラ。中庭にいこう」
「え?中庭に?」
「いいからいいから!」
私たちは産まれも見てきた物も触れてきた物も性格も全く違うはずなのに、満たされる事のない心という部分だけは共通していたのかもしれない。
ある日私はあろうことか、大切にしていたお母様の形見のイヤリングを自室の机に置いたままにしてしまった。
ルームメイトのミリィには、それが私にとって本当に大切なものだってわかっていたはず。
にもかかわらず私が部屋に戻るとミリィがそのイヤリングを身に着けていた事が発端となり、私は彼女の頬をはたいてしまい大喧嘩(おおげんか)の末にイヤリングは壊れてしまった。
私は落ち込んで、初めて外の人間の前で涙を流した。
他者から見れば理解ができないだろう。
それでも、お母様の死が私の孤独のトリガーとなっていたせいか、私にとっては良くも悪くも過去にすがる唯一の思い出だった。
ミリィの家族はミリィに何も残さなかった。赤鷹という突然の厄災のせいで何も残せなかったのだ。
彼女もまた愛に飢えていた衝動からか、私がいつも形見を大切そうにしているからこそあのイヤリングに惹(ひ)かれたのかもしれない。
その日から不思議と少しずつミリィとは関係が変わっていった気がする。
本音も皮肉も時には喧嘩(けんか)も繰り返すうちに、おのずと互いに気づいたのだろう。
この関係こそが私たちが欲していたものなのだと──
ヴィラノ修道院の中庭。
花壇に植えられた黄色い太陽のようなラフターの花が並んでおり、日の光に当てられながらも気持ちよさそうにそよ風とともに踊っているようだ。
「セラ、目を閉じてて」
セティナはミリィの言う通りに目を閉じた。
近づくミリィの気配とともに、何かが自身の耳を挟んだ気がした。
「もういいよ」
セティナが目を開くと、自身の耳にイヤリングがついていた。
ミリアリアがセティナの手を取ると、セティナの手のひらに薄い水色の涙のようなイヤリングを手渡した。
「ミリィ……これ……」
「すごいでしょ?教えてもらってやっと完成したんだ。いやー間に合うかヒヤヒヤしたよ」
過去に喧嘩(けんか)で壊れた母の形見のイヤリングとは素材こそ違うものの、形状はそっくりだった。
「ね、もうひとつを私につけて」
セティナは渡されたもう片方のイヤリングをミリアリアの耳に着けた。
「似合う?」
「うん、すてきだよミリィ」
「ありがと。……セラ、私はあんたの事を家族だと思ってる。立場も違えば出会い方も違う私たちだからこそ、家族のようになれた」
「私も。私もミリィに会えて本当によかった」
「離れても、会えなくなってもその事実は変わらない。だから胸を張って別れよう」
「ミリィ……」
2人は手を差し出し、握手をした。
ミリアリアもセティナも強がりなのか照れ隠しなのか、無理に作った笑顔にも関わらずその表情はどこか満たされていた。
今にもこぼれそうな涙を必死に頬でこぼさないような──そんな笑顔。
日の光は、まるで門出を祝福するかのように2人を照らした。
「よし、じゃあ私はここで見送るわ」
「え?」
「まだあいさつ周りとかいろいろあるでしょ?それにここで別れるのが一番クールってもんじゃん?」
「ふふ……ええ、そうね」
「じゃあね、セラ」
そう言葉をささやきながら、足を踏み出しすれ違うようにまっすぐとミリアリアは振り返らずに歩いていった。
「じゃあね、ミリアリア──」
不安だったセティナの心は、日の光と同じように晴れ晴れとしていた。
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