top of page
  • Writer's pictureSHADOW EGG

30話『アルメリアの鐘は訃報に鳴く14』

セティナの指先が震えていた。

自身の眼で、初めて人の死を見た恐怖が体の感覚を鈍らせるのか、剣を手にとる事を防衛本能が止めていたのだろうか。

そんな自身の指先が震えてるの見て今、自身が置かれている状況を冷静に再認識しようとした。


ザヤックは恐怖のせいか、空虚を見るかのように前方を見ていた。

セティナは自身の斜め前で怯えているザヤックの横顔を見て、今できる──たったひとつの選択を精一杯叫んだ。


「──逃げましょう!」


そのセティナの声に、暗闇で大声をかけられた時みたく──ザヤックは怖がって驚いた。

頼れる相棒だったボミーはもう──いない。


(うごけ……うごけ……うごけうごけうごけうごけ──)


身に過ぎた王女を守るべきという焦燥と、自分も死ぬかもしれないという恐怖。そして仲間の死。

突然の襲いかかった重圧と混乱にザヤックの体を鈍らせる。


「──セティナ様……逃げて──」


トゲだらけのメイスが再び大地をたたいた。

あの、ボミーを氷像へと変えてしまった、たたきつけ行動。

水平に広がる波動と、まばゆい光が広がっていく。



(また──今度は……!)


もっとも遠くにいたセティナは腕で目を隠し、まぶしさで閉じようとする視界を懸命にこらえて、そのヨロイの光が放たれる様子から、あることに気づいた。


(青……?)


セティナは必死に、何が起こってるのか少しでも情報を得ようと、その目でとらえようとしたが、途中でそのまぶしさにこらえきれずに目を閉じてしまった。

光がおさまって再び目を開けると、それはボミーのような包まれた氷像ではないものの、ザヤックの手足の一部が大地とつながるように凍り付いていた。


「ザヤックさん!」


足音が聞こえる。

全身甲冑(かっちゅう)のヨロイが、ゆっくりと1歩、また1歩とその足を踏み歩く。

金属交じりの足音を鳴らしながら、ヨロイが歩み寄る先は──ザヤックだ。


ザヤックは凍っていない方の手に持っていたヤリを握りしめた。

そしてヨロイへと向かって無謀にも投げつける。

だが、勢いのない投擲(とうてき)は、ヨロイと衝突する鈍い金属音とともに弾かれ、ヤリはカランカランと地に落ちていった。


「セティナ様……」


「だ……だめ……」


ザヤックの目の前に、巨大なヨロイが立ちふさがった。

その圧倒的なまでの存在感は、その大きさ以上に見えた。

動けないザヤックは、ゆっくりと後ろにいるセティナに、首だけでもと懸命に振り返った。

恐怖からか、涙でクシャクシャになりながらも、まるで死を覚悟した人間がなぜそんな表情になるのかはわからないが、ザヤックは確かに口をひきつけながら笑っていた。


「逃げて──」


まるで断罪のための審判を感じさせるほどに、メイスは力強く振り下ろされて、血しぶきが散った。

人の死を、直視できるほどの強固な心の強さも狂人性も、セティナにはない。

つぶされるザヤックから目をそらしてしまった。


(ごめんなさい……ごめんなさい……)


力不足と自身の弱さを悔い、自分を守るために死んでいった者達の助力もできない事。

怒りと悲しみ、多くの感情が彼女を襲うが、それを懸命にこらえ、感情を振り払うように彼女は、自身が生き延びる事を考えるように注力した。


(冷静になりなさいセティナ──)


あふれ出そうになる涙をこらえ、歯を食いしばり、冷静であろうとしながらセティナは思考を張り巡らせる。


(さっきの青いのは……エーテル光。おそらく水(ミスト)……)


そんなセティナをよそに、巨大なヨロイはこちらを見つめると、ゆっくりとメイスを振りかぶった。


(なら……)


メイスが再び大地をたたく──と同時にセティナも目を閉じながら、自身のレイピアを地面へと突き刺した。


(お願い……守護獣様──)


ヨロイから放たれた光が、あたりを包み込む──



セティナは恐る恐る、目を開いた。

正面にいる甲冑(かっちゅう)のヨロイ、そして相手と自分との間にある草木道──自分の足元と、さらには手足が動く事を確認した。


(凍って……ない。やはりあれは、水系統のエーテル魔法……)


自分の周りに水(ミスト)系統のエーテル魔法を打ち込む事で、エーテル同士の干渉を防いだ。

彼女が危機を逃れたのは、彼女自身が氷魔術の扱いが得意だったからなのだろう。


そんなセティナのさまにも驚きもせず、ただ沈黙を保っている甲冑(かっちゅう)のヨロイ。

ただただ、静かにセティナを見つめるその姿が、余計に不気味さを感じさせた。


セティナは、ジリジリと警戒しながら後退していくと、全力で来た道へと逃げ出した。

ゆっくりとヨロイは彼女を追うように、逃げた方角へと歩ていった。



「はぁ……はぁ……はぁ……」


ウルジの森の中を一人の王女が慌てて走り抜けていく。


(逃げられる……逃げる……どこに……?修道院に逃げて……もし修道院まで追ってきたら……?)


後方を意識し、森道を走りながらそんな事を考えていた矢先だった。

はるか前方で、ほんの一瞬キラリと何かが光るのが見えた。


(えっ──)


全力で走っていた自身の体を目掛けて、何かが飛行してくる。

避けようとしたものの、突然の飛来物に反応するのが精いっぱいで、セティナは体勢を崩して転んでしまった。

セティナの横を過ぎていった飛来物は、後方で木にぶつかって大きな衝撃音を放ち、煙が広がった。


セティナは、立ち上がりながら後ろを振り返ると、衝突先の大木には、えぐるような削り跡が出来ていた。


(なに……?)


「へぇ……アレを避けるのね」


聞こえるはずのない突然の女性の声に、ハッと慌てて前方を見たが──誰もいない。

あるのは何度も見てきた草木と、前方に続く土の道があるだけだった。


(……気のせい……そんなはずはない……今、確かに……)


「……姿を見せなさい!」


珍しくやっけになるほどに大きな声を森の中に轟かせた。

すると前方から小さなため息が聞こえた。


「……ま、いっか、アンタどうせ死ぬんだし」


そう言葉を放つと、何もなかったはずのセティナの正面の、景色の一部がゆがんでいった。

そのゆがみは徐々に、人の形へと変えていくと、まるではじめからそこにいるかのように、人が立っていた。


「あーあ、まったく……ふざけんじゃないわよアイツ」


そうどこか、ため息をはきながらボヤいていたのは、ルビーレッド色のショートヘアをした女性の姿だった。

一目で魔法師だとわかるような魔法杖を持ってはいるが、魔法師らしからぬ薄着で、太ももの露出が高い服を着飾っていた。


「……何者ですか?」


「ま、あたしらが何者かだなんて、どうだっていいの」


魔法杖で肩をポンポンと、気だるそうにたたきながら女は答えた。


「……さっきのヨロイもあなたの仲間ですか?」


「仲間?ハッ……冗談じゃないわ。ったくあのバカヨロイ……絶対に手を抜いたわね、走りもしないし……後で覚えておきなさいよ」


「……なぜ私たちを狙うのです?」


「なぜって?あなたがセティナ=ラ=アルメリアだから?ほかに理由なんて必要?」


「わたくしがいったい何を──」


「あーあ。愚かね。自分が何をしたかなんて事を、あんたが口にしている時点で殺されるには十分よ。それじゃ──死んで」


「まって──」


「あーあ、静かな魔法は苦手なのよねー」


そう気だるそうに言いながらも、ルビーレッドの髪色をした女は、左手で杖を正面へとかかげた。

同時に右手の親指、人差し指、中指で三角形を作るとそれぞれに黄土色のエーテル光をともらせた。

三角形を作っていた指を収束させると、エーテル光が火花を弾くように消えたいった。

セティナは前方にいる女魔法師へと警戒していたが突然、思いもよらない方角から気配を感じた。


(──うしろ!?)


後方から迫る気配を感じ取ると、素早く横に大きく飛んだ──

後方から飛来したのは、ひし形状の岩の塊だった。


セティナの側面をすり抜けると、ひと安心──のはずだったが、ひし形状の岩の塊が、セティナの避けた先からも飛来してきている──


(──え)


このまましっかり着地をすると、岩の塊が直撃し、あの大木のように体が削られてしまう。

しかし、すでに体は跳んでいて、着地体勢を変える事はもう出来ない。


いつかバチか跳躍しながら、セティナの左手の指先から、青いエーテル光が放たれた。

使ったのは水(ミスト)系統の魔法アイス、それを放った先は──地面。


着地先に作られた小さな氷の地面。

そこに着地するとセティナは、氷に抵抗せずに大きく足を滑らせて転んだ。


素早く地面に転んだセティナの頭上を、ひし形状の岩の塊が1発、そしてもう一発と遅れて通過していき、それぞれが進行上にある大木へと、勢いよくぶつかった。


間一髪の機転が、功を奏した。

氷の地面を作って素早く──わざと転ぶことで、本来着地にかかる1つの動作を省略し、回避行動に成功した。

それはセティナの反射神経もあるが、本来の彼女の戦い方である、ヴァリエットのような剣舞術で鍛えられた発想だった。


「へぇーやるじゃない」


(……おそらく敵が撃ったのはストール(土)系統の魔法ストーンブラスト。それを3つも、さらには全てを別方向からの現象を組むなんて……そんな技は見たことも……なら──)


セティナは指先に自身のマナを集め、レイピアの根本から剣先へとエーテル反応を集めるように、指先でなぞっていった。


(あまりマナの余裕はない……でも──)


体をひねらせて、これまでにないほど強く、青いエーテル光を放ちながら、地面へと水平にアイスを放った。

さきほど地面に作った小規模なサイズではなく、広範囲に氷の地面を作ったのだ。


「地面を凍らせた?それで何ができるっていうの?」


ルビーレッドの女魔法師は、再び指先で三角形を作り、今度は素早く──2回ほど角度を変えて、ストーンブラストをキャストした。


(来る──)


セティナは氷の上に飛び込むと、滑って加速するように片足で氷の上で舞った。

ひし形状の岩石、ストーンブラストがセティナを目掛けて飛来する。


横から一発──しゃがみ、そしてひねる事で避け、さらに左。回転のすべりを利用して、岩石をレイピアの受け流しで軌道を変え、流動的に次々と岩石を避けていく。


セティナの戦闘スタイルである、ヴァリエットのような剣術は、足場が良い事が最低条件となっている。

しかし、山道や今まさにいる森道のような足場の悪い所では、滑るような戦いというものはできなかった。

それを可能にしたのは、地面をエーテル魔法で凍らせるという発想だった。

セティナが攻撃を避けながらも、少しずつ距離を詰めていく……しかし──


「面白い戦い方をするのね。でも残念。ほんとは私……ストール(土)じゃなく──ファイ(火)が得意なの」


「え──」


ルビーレッドの女魔法師は、杖の先端に装飾された、赤い宝石へと触れた。

光を失っていた赤い宝石の中に、白い横一の文字が浮かび上がると、杖を地に向けるようにかざした。

すると、芝生(しばふ)を燃やす芝焼きのように小さな炎の波が、地面に作られた氷を次々と溶かしていく──


「氷が……!?」


自身が滑っていた氷が、次々と溶かされ、溶けた地面へと着地した。

しかしそのスキを狙ってか、正面から女魔法師は、次の魔法の準備を終えていた。

手に持っていた杖で縦に一刀両断すると、突風のような風が吹き出し、セティナの体をはるか後方へと吹き飛ばした。


「……きゃっ!」


地面に倒れ、手から放してしまったセティナのレイピアも、後方に落としてしまった。

円状に広がった炎は、風の魔法とともに消えたものの、ところどころと草木が燃えたように灰となっていた。


「無様ね。あーあ、にしてもやっぱあたしには加減は向いてないわ、ねぇあんたもそう思うでしょ?」


セティナは立ち上がり、後方に落としたレイピアを拾おうとすると、見覚えのある存在感を目視した。


「ボルクス」


魔法師にボルクスと呼ばれた存在は、さきほどボミーとザヤックを殺したあの甲冑(かっちゅう)のヨロイだった。


「あ……」


セティナの目に、また絶望が宿ってしまった。


「……エルミーナ……おまえのは……」


高い音と低い音が混じったような奇妙な──それでいて小さな声。


「なにぃ?ったく聞こえないわよ。それよりあんた、また手加減したでしょ。どういうつもり?」


エルミーナと呼ばれた魔法師は、歩きながら喧嘩腰(けんかごし)で、ボルクスと呼ばれた甲冑のヨロイに向かって話した。


「船ならとっくに湖の藻くず(もくず)になったわ。迎えの兵士も全員仲良く、おだぶつよ」


「え──」


セティナはすぐさまその言葉を理解してしまった。

ザヤックが援軍の筒を打ったにも関わらず、誰一人として助けにやってくる事はなかった。

エルミーナの言葉でその理由がつながってしまったのだ。


「ったく、わざわざあんたのフォローにきてやったのよ。トドメはあんたがしなさい」


「……」


後方にはボミーとザヤックをいとも簡単に殺した全身甲冑のボルクス。

前方には、国家戦術級の魔法を扱う魔法師のエルミーナ。

そんな強者である二人が、これまで名も知られず、突如(とつじょ)と自身の前にあらわれた事。

この状況から逃げ出すなど、到底かなわない。

それは思考をめぐらせても、覆らなかった。


「じゃあね、アルメリア王家に生まれた事でも呪いなさい」


「くっ……」


(ボミーさん……ザヤックさん……ごめんなさい……ミリィ……)


死を受け入れるしかない事を悟ったセティナの戦意は喪失していた。

そんなセティナを見ても、念のためをとボルクスは言葉を発した。


「……ブルーフィールド」


ボルクスを中心に半円球状に青いゾーンが広がった。

ボミーを身動きさせずに、無力化させたたのこの青いゾーン。

ゾーンは寒く、呼吸が苦しくなるほどに冷たかった。


「さらばだ……」


セティナは恐怖で、目を全力で閉じた。


(守護獣様……!)


セティナの口元は食いしばっていた。

ボルクスが自身のメイスを大きく振りかぶり、うつむくセティナへと振り下ろそうとした──



bottom of page