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  • Writer's pictureSHADOW EGG

24話『アルメリアの鐘は訃報に鳴く8』

自身に襲い掛かる黒霧の狼。

セティナは、ほんのわずかに自身の足元に視線を送ると何かを確認したが、すぐに敵対する相手へと視線を戻した。

彼女はレイピアを下から上段へとたたき上げると──黒霧の狼は軽々と打ち上がった。

打ちあがったという事は、黒霧の狼に『重さ』という概念がある。

他者の力を利用し、それを己の力に変えるという流動的な武の思考も存在するが、そういった類の動作ではなかった。



──閑話休題、多くの国家では王家や貴族の間で夜会というパーティーが存在する。

その本質は夜会という名目の政治的思惑が付きまとう社交会である事が多く、また名家同士の政略結婚としての通過儀礼のような場でもあるのだろう。

そんな夜会では、パーティーに参加する者達が必ず参加する演目がある。



『社交ダンス』



それは男性がリードし女性が対となり、社交の一環のふるまいとして舞曲の音楽に合わせて踊るというもの。

現世では『ソシアル』と呼ばれるダンスが主流となっているがそれより以前に、ヴァリエットと呼ばれるダンスが過去に存在した。

セティナが黒霧の狼を打ち上げるまでの動作──それはかのヴァリエットと呼ばれる踊りによく似ていた。


ふたつ、もしヴァリエットと最も違う点を挙げるとするならば、ひとつはヴァリエットは剣舞ではなくただの高貴な踊りという事。故に剣を持たない。

そしてもう一つは、その踊り手に愛嬌(あいきょう)たる笑顔があるか否かだろう。

対して、セティナは冷たく無表情。

しかしその剣舞は、身体の扱い方、所動作、全てがヴァリエットの踊り手を思わせるほどに美的な戦闘術。

彼女は白の世界でただ、ただ対を拒むかのように舞っていた──



──セティナへと2体目の黒霧の狼が黒爪で切りかかる。

レイピアで、受け流すと同時にその力を利用するように、後方へとクルっと平面上に回りながら舞って着地した。そう、着地という表現が正しいはず。

しかし片足で着地し、ホワイトバードのように流動的な着地の動きはどうにも着地には見えず、やはりどこかヴァリエットの次の踊りへの予備動作のようである。

彼女は冷静に小さく口を開く。



(──ミスト、フュリ、ウィル、タウラ)


魔術の現象工程を行いながら、左手で可憐(かれん)にレイピアの剣先をなぞった。

水──低下──強固──そしてタウラは拘束。


左から3体目の黒霧の狼──それが空中から襲ってくる。

セティナは白い世界の足元へとレイピアを突き刺して手放すと、後方へと再び飛んだ──


(リリース)


レイピアを中心に円状の青白いエーテルの光がその形を保ちながら打ちあがった。その上空にいた黒霧の狼が氷結に包まれた。



(ムー)



そしてセティナは姿勢を落とし、自らの足に現象魔術でムー(移動)を発動させると同時に、それはここが氷の舞台なのかと思わせるほどにセティナは滑るように前方へと加速した。

氷結に包まれた黒霧の狼を無視し、再びセティナはレイピアを手に取ると、そのまま前方にいる2体目の黒霧の狼へと連続で突き刺すと同時に──

後方に落下した3体目の黒霧の狼の氷像が肉体ごと割れると、レイピアで貫いた黒霧の狼とともに霧となり消えていった。


2体撃破──黒霧の狼はあと1体残っている。

右、左──後ろ──


セティナは慌てて振り返るも黒霧の狼の姿は見えない。

上を見上げると最後の黒霧の狼が爪を立ててセティナへと降下してきていた。


間一髪でセティナはズレて避けたが、その爪はセティナの細い足をかすめていた。

皮肉にも色のなかった世界に色を差し込んだのは、セティナから垂れた1滴の赤い血だった。


黒霧の狼の着地の隙を利用しセティナはレイピアで黒霧の狼に反撃に出るが、それよりも早く黒霧の狼の尾が素早くセティナの顔を目掛けて殴り掛かった──

その打撃は致命傷にこそならなかったが、その衝撃はまるで大柄の男に全力で殴られたような衝撃であり、セティナは遠くに吹き飛ぶように地面へと倒れていった。


うずくまって動かないセティナへとゆっくりと詰め寄る黒霧の狼。

だんだんとその足は速くなり、爪を立ててセティナへとトドメを刺そうと黒霧の狼が飛び上がった瞬間、セティナは横へと転がり──


「リリース」


再び彼女が設置した氷魔法のフリーズで黒霧の狼を凍らせ無力化した。


(レイ──マザー、リパラ)


セティナはケガをした個所(かしょ)に手を当てると、水色と黄色が重なったような温かい光が灯り、セティナの足の切り傷が治っていった。

回復魔法のヒール。

そして氷像の黒霧の狼の前へと立ったセティナは、レイピアを持った右肩を目いっぱい引くと、力強く氷像を突き刺した。

自身のマナで形成されたエーテルでできた氷像のせいか、その切っ先は何の抵抗力もなく肉体へと届き、黒霧の狼は霧となって消えていった。



セティナは目を閉じ、小さく息をはいた。

白の世界でレイピアを地に向け、たたずむ──セティナ=ラ=アルメリアという王女の姿。


もしかすると『彼』はこの光景が見たかったのかもしれない。



「やぁ、よく頑張ったね」



セティナの目線の先に、霧が集まり黒い人影が形成されていった。

彼は口のない口を開き、目のない目でセティナを見た。



「あなたは……」


「そんな警戒しなくても大丈夫。試すような事をしてごめんね」


「……聖獣アルメデ様……でしょうか?」


「──聖獣か。そんなものはここにはいないよ」


「──え?」


「ここにあるのは幻想。僕はただの祈りの果ての意思。その結果かもしれないね」


セティナは影の言っている意味がまったく理解が出来なかった。

これは立志の儀であり、アルメリアの聖獣と契約するための試練──そう教わったからだ。


「君の名前は?」


「──アルメリア王が第一子、セティナ=ラ=アルメリアと申します」


「アルメリアの子だって?うーん」


そうどこか腑(ふ)に落ちなそうな人の影は宙に浮きながらセティナに近づくと、観察するかのように彼女の周りをゆっくりと回った。


「でも君の魂はまるで……なるほど、アルメリアか。これも因果関係なのかもしれないね。いいかいセティナ。君がここで僕と会ったのが偶然ならそれでいいんだ。

でもこれが必然だとするなら、君の運命は『アレ』が生みだしてしまった循環に引っ張られるだろう」


「アレ……?循環……?」


「分からなくていい。ただの杞憂(きゆう)ならいいんだ。むしろその方がいい。ここでの出来事も戻ったらきっと忘れる。でももし、その時が来たら僕も力になるよ」


「お待ちください。おっしゃってる意味が……それにさっきの声は──」


物体のない人影から手ではない手のようなものが指をパチンと鳴らす。大気が揺れるような振動とともに、セティナは静かに意識を失い、その地へと倒れた。



「──僕らは君の味方だよ──」




──真っ黒の世界で地平線が開くと、そこにはマザーエレアの姿が映っていた。




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