top of page
  • Writer's pictureSHADOW EGG

12話『旧サルゴン基地のうわさ8』

目前の魔獣より更に奥から慌てたアルフの声がミハエル達に届く。

巨体な魔獣が大きな眼球でミハエル達を『お前たちが獲物だ』と言わんばかりに鋭く見ている。

ミハエルもコリンズも狙いが自分たちであろうと察知し構えたが、同時にその後方で赤いエーテルの光がミハエル達の視界に入る──


分断された事に気づいたアルフはすぐさま低い姿勢でファイアランスを撃つ動作を行っていた。


自分に背を向けている魔獣の立ち位置にアルフも狙いはミハエル達だと考えた。

この位置からミハエル達と魔獣の間に割って入るには間に合わない。

援護で魔獣の気をそらすために、動作は長くとも移動の不要なファイアランスをという判断をした。


アルフの手のひらから炎が発射されようとしたまさにその時──


(────え──)


油断?いや、虚をつかれたという言葉が正しい。

その場にいた誰もが魔獣とは思えないほど的確なフェイント。

狙われたのはミハエル達ではなく魔獣の視界外にいたアルフだった。

背を向けたまま魔獣の尾は素早くうねり、薙ぎ払うようにアルフへと尾は迫っていた。


『狙われているのはミハエル達』

そう思い込んでいたアルフは、当然避けるための体勢やキリングエッジの予備動作などとっておらず、魔獣の尾はアルフへと命中する──


身体中の髄に響くような鈍い衝撃がアルフを襲った。


人間が空気抵抗のない小虫をハタいて家壁へと激突したかのように、尾の薙ぎ払いで吹き飛んだ少年が建物の外壁にぶつかるとともに、小さな爆発が起こった。


「アルフさん!」


距離が遠く、アルフが激突する際に起こった煙で安否を視認する事もできず、アルフからの返答もない。

アルフが吹き飛んで行くという事実だけを視認してしまったコリンズは、目と口を大きくあけ、魔獣の脅威から目を離してしまうほどに動揺していた。


(……ウソだろ?……さっきみたいに無事だよな?なぁ……?)


無事である事を信じ込みたい願望と、自身がこの目で見てしまった現実が混じながらも、アルフが激突したであろう壁の煙を見てコリンズは呆然とただ見ていた。


「コリンズさん!」


冷静になれと言わんばかりのミハエルの声がコリンズを一喝する。

ミハエルの声で何かに気づくかのようにコリンズは目の前の魔獣へと意識が戻る。


「すまない……!」


「ええ……!」


本来なら治療の可能な自分こそがすぐにでもアルフの元に駆け寄りたい。

しかし今は目前のこれから来るでろう、魔獣による直接攻撃をしのがなければならない──

そう考えながらミハエルは手に持っていた棒武器をゆっくりを浮かせるように目の前で手放した。


両手の人差し指と中指の二本指を伸ばすと、腰を落としながら8の字を描くような動作を行った。

するとミハエルの手元から離れているはずのエンチャント棒が、まるで空中から糸で操られるかのように浮いている。

さらにミハエルは右指先を天に、左指先は地を指すように構えると呼応するかのようにエンチャント棒も縦の位置に浮遊した。


魔獣は左の触手を大きくしならせ、硬い爪先でミハエルを貫くように攻撃が届くその瞬間──

ミハエルは両手の二本の指で、まるで上下にある針を時計周りで逆さにするかのように、両指先を全身を使って素早く大きくまわした。

同時にエンチャント棒が勢いよく回転し、弾くように左の触手爪の攻撃を防いだ。


(次……!)


続いて、魔獣はすでに右の触手爪による攻撃の前動作をとっており、それをさばくためにミハエルは飛び上がった。

それと同時に伸ばしていた2本指の維持を左指だけ解除。今度は右指で小さな円を徐々に大きく3回まわした。

するとエンチャント棒は右指先にくっついているかの様にグルングルンと大きな直径を描くような回転の勢いを右触手へとぶつけ、再び攻撃を弾くことに成功した。


(ここまでは予想通り……しかし……!)


これまでアルフが魔獣と交戦しているのを冷静に見ていたミハエル。

この魔獣の触手攻撃時のクセ──


『左触手』『右触手』の次に『隠し尾』か『踏みつけ』どちらかという連続攻撃をこの魔獣は何度も行っている。問題はこの隠し尾。

この隠し尾が予備動作が少ないため、アルフのようなリーチの短く武器かつ反射的でないと左右の触手の後では反応しきれない。

今においてはミハエルの戦い方との相性の悪い『ココ』こそが最大の山場だとミハエルは考えていた。


(左……右……)


短い間でありながらも左右どちらから来ても『隠し尾』の攻撃を、さっきの2撃目からの遠心力を利用した流れでミハエルはパリィするつもりだった。

しかしミハエルの武器はリーチの長さが長所であり、それを流動的にタイミングを合わせるという事が生命線である。

突発的な攻撃かつ読み違えで間が噛み合わなければそれは────


(正面!?)


──寸分の間の狂いは防御をすり抜け、致命打へと変わる


(くっ……!)


防御が間に合わず、ミハエルの額を尖った隠し尾が貫かれようとした時に、自身の横から気配が動くのを感じた。

魔獣の隠し尾はミハエルの額ではなく、それより少し上の髪をかすめるように突いていた。


ミハエルの目前には長剣で下から打ち上げるように斬撃を入れていたコリンズの姿があった。

目いっぱい食いしばるように体を力ませ、剣で隠し尾に入れた切り傷を見上げながら、コリンズは独り言のように小さな震えた声が聞こえる。


「……へへ……そうだよな……あんたらばかりに任せちゃいけねぇよな」


「コリンズさん……」


変化する戦況に覚悟と恐怖が入り混じったのか、コリンズの目はどこかうつろい、すわった目をしていた。

魔獣が隠し尾を引き戻そうとすると同時にコリンズは剣を引き抜いた。

剣を片手に持ち、ミハエルの前に立つコリンズは視線を合わせる事なく言葉を発し続ける。


「ホント頼りにならなくてすまねぇ!俺が生きてる間にアルフくんを!」


彼はこの戦いの最中ずっと戦力になれていない事が引っかかっていたのだろう。

間違いなく自分より戦力になり、そしてそんな自分を助けに来たアルフやミハエルが目の前でやられていく事が、コリンズにとって死んでも死にきれないと思ったのかもしれない。

ミハエルはコリンズの考えに気づき、急ぎ止めようとした。


「だめです!それはあまりにも……!」


コリンズは魔獣に向かって走り込み、長剣を構えて水平斬りを行うための動作に入った。

切りかかる瞬間、コリンズの意思をまるであざ笑うかのように魔獣は自身を支えている尾をしならせ、高く飛んだ。


そう、何度も見た。

この魔獣が高く飛ぶ時は、距離を取るか。もしくは決まって誰かを押し殺す時。

魔獣の影がコリンズを覆い、立ち尽くすコリンズを絶望の表情へと変えた。


(ああ、やっぱ──こんなもんか──)


時間稼ぎにもならなかった。

自身の決意などこんなにも無力という事を刹那的に感じながらコリンズは死を覚悟する。

世界にとって死はあまりにも身近であり、どこの国の兵士だろうが冒険者だろうが戦う者の頭の片隅には『終わる瞬間』の覚悟をそれぞれなりに用意している。

アルフレッドという少年も過去にそれを目にしたから強くなる事にもがいたのだ。

しかしそれは──


コリンズが押しつぶされようとした時、黒みを帯びた火球が魔獣へとあたり、大爆発が起こった。


bottom of page